極めて穏やかな自殺

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 夢を見た。  初めて会った頃の、彼女がいた。  化粧もせずに、髪も伸び放題で、人目ってやつを全く気にしていない彼女さ。  惹かれるようなところなんて、一つもなかったんだけどな。  今さら僕は、彼女のことを好きになっていたことに気がついたよ。  ひたすらに勉強している彼女に、すぐさま好きだと告白をしたさ。  返事はオッケーだった。僕の夢なんだ。それは当たり前だ。  僕の肉体も若返らせて、彼女の身なりも整えてやったさ。  彼女は、素材は良かった。  髪を整えて、化粧をして、身なりに気をつかえば、クラスで一番のマドンナに大変身だ。  今までの年月を取り戻すみたいに、彼女を愛したさ。  理想的な彼女だ。喧嘩もしない。僕の言うことを何でも聞いてくれる。  だって、僕の夢なんだ。僕の理想の世界だ。邪魔するものは何もない。  ただ、ひらすらに幸福。幸福、幸福……。  果たして、本当にそうか?  彼女は、彼女ではない。  しょせんは僕の妄想で作り出した彼女に過ぎない。  自分で自分を慰めているのと同じじゃないか。  どこまで行ってもここは自分の世界で、  どこまで行ってもここに他人はいない。  自分の想像し得る幸福しか、ここにはないと気付いてしまったんだ。  本当の幸福はここにはないのか。  じゃあ幸せってなんだ。  僕はここに来るべきではなかったのか。  様々な考えが頭をよぎった。  でも、答えなんて出るはずがないんだ。  だって、ここは僕だけの世界なんだから。  僕はもう、何も考えたくなくなって、地面に横たわった。  目を瞑る。  そして、極めて穏やかに、僕は死にゆくのだった。
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