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初秋 -9月-
「ちょっと痩せていますけど、ノラちゃん、特に問題ありませんね。」
「……そうですか。有難う御座います。」
「では、お名前呼ばれるまで待合室でお待ち下さい。」
まだ耳の先から尻尾の先まで震えている仔猫をキャリーに入れ、私は待合室に戻った。
病院と言うものはニンゲン含め動物にとって嫌な所と言うのが本能で分かるのだろうか。単に人慣れしていない事もあるのかもしれないが、彼も例に漏れず病院が嫌いだ。それでも外に出て行く可能性がある以上、『神様』にだってワクチン接種が必要だ。そんなニンゲンの事情など、この小さな毛玉には理解出来る筈もする必要も無い。彼は今も膝の上のキャリーの中で小さく情けない声を出し続けていた。声でまだ仔猫と判るのか、周囲の大人から子供までチラチラと私の膝の上に視線を向けてくる。足元近くに伏せている薄茶色のラブラドールレトリバーだけで無く、背後にある大きな水槽の金魚の視線までもが私に向いている様に感じる。
病院の時計は進みが遅い。獣と薬品の臭いに満ちた空間の中、音も無く泳ぐ秒針を私は熱心に見る。飽かずに次々と注がれる視線から逃れる為に。キャリー越しに感じる小さな生命に気付かない振りをする為に。視線に対して非難を感じるのは、私が自身を罪人だと考えているからだろうか。
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