晩春 -5月-

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世間では猫と言う名の、この毛むくじゃらの小さな生き物と暮らす事になったのはほんの一月前。庭にいるセツが吠えたのが切っ掛けだった。元警察犬の彼は無駄吠えなどする事は無い。昼の日中に泥棒がいたのかと、念の為木刀を片手に庭を見た私はギョッとした。セツの目の前に一匹の黒猫が倒れていたからだ。彼が自分より弱いものに牙を剥く事は無い筈だが、思うと同時にその猫の身体の妙にグンニャリとした倒れ方に嫌な予感がした。黒猫は口から泡と血を吐いており、私の指が触れるか触れないかの瞬間に大きく二度痙攣して完全に動かなくなった。車に撥ねられ此処まで来たものの力尽きてしまったのだろう。野良猫とは言え庭先でこの世を去った猫と言う事もあり、私は金木犀の木の根元近くにその亡骸を埋葬した。私が黒猫を埋葬した左隣には12年生きた金魚が、右上の桜の木の根元近くには私と兄弟の様に過ごした鸚鵡が眠っている。いつかセツが埋められるだろうと思っていた場所が、赤の他人ならぬ黒い余所猫の寝場所となった。庭に緩やかな風が吹き、クレマチスの葉が揺れる。不意に、目の前に立つ金木犀が私の身長を追い越さんばかりの大きさになっている事に気が付いた。 「そろそろ良い香りがして来そうね。」 彼女がそう言っていたのはいつだったろうか。私は陽を受けて艶めく濃い緑の葉を眺めた。
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