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「それはデリカシィがなさすぎます」  事の次第を話すと女中頭はそう僕を咎めた。 「女性にとって殿方に抱きかかえられるだけでも恥ずかしいのです。近しい男性といえば父上しかこれまで知らなかったお嬢様にとっては尚更でしょう。だというのに、軽かったなどと体重のことまで……」 「すみません」 僕は肩をすぼめたものの僕は納得できてなかった。 生きている以上誰にだって体重があるのだし、太ったは禁句としても痩せていると口にするのは女性の体形にすればいいのではないか。いや、このご時世だ。太っているのも家の裕福さを象徴するようで決して悪いことではないのではないだろうか。 「先生。反省していただかないと困ります」  じっと僕の顔を見ていた女中頭は嘆息混じりに呟く。さすがは何十人と束ねてきただけのことはある。僕の心はすっかりとお見通しのようだ。 「まったく。教授もどうしてこんな若者を推薦するのかしら。国難だというのに」  女中頭は窓へと目をやった。  ここからでは見えないが、一番近くの演習場で大砲の訓練を行っているのか花火が破裂するのに似た音が何度も窓を揺らしている。開戦して既に一年が過ぎ、軍人はますます演習に熱が入っているのだろう。新聞は優勢と伝えているが漏れ聞くところによると状況は決して良いことばかりではないらしい。同期の友人の多くが戦地へと旅立ったことが気がかりでならなかった。 「国難であるが故に僕はここにいるのです」  窓の外で青空に筋を描く飛行機雲を眺めて僕は言った。  そもそも帝都大学に通う僕がこの屋敷に住み込んでいるのは何も教師をするためだけではない。たまたま、教授の覚えもよかった僕にしかできないことがあるからだ。 「わかっております」  事情を知っている女中頭も僕のことを非難したかったわけではないのだろう。一見すると、戦争とは無関係な平和の真ん中にぽかりと浮かんでいるようなこの屋敷にも、外と同じようなピリピリとした空気は存在している。それは同時にこの屋敷の主が背負っているものの重さでもあり、全てを束ねる女中頭には人よりも多くのストレスがあるのだろう。 「そろそろ戻ってもよろしいですか。もしもの時を考えると心配ですので」 「ええ、そうですわね。先生、どうかお嬢様にお優しくしてくださいませ」  僕は女中頭を尻目に、すぐ隣にある彼女の部屋へと繋がる扉を開いた。
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