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 ベッドの縁に座り横になったままの彼女の髪を撫でていた彼女の乳母は、耳元で何事か囁き立ち上がる。軽い会釈を交わしてすれ違った乳母はそっと僕が出てきた扉を閉めた。 「何を話していらしたの?」  まだ布団から顔を出さない彼女の声がくぐもって耳に届く。 「叱られていたのですよ。デリカシィがないと」  椅子に座る音に合わせて彼女はやっと布団から顔を出し、「全くだわ」と起こした上半身を枕代わりのクッションに預けた。 「言われてみると確かにその通りでした。随分と失礼なことを言いました。許してください」  承服はできなかったが、彼女に恥ずかしい思いをさせてしまったのは事実だった。 「私はどうにもこういう女性の機微には疎いようです」 「いいのです。別に……怒っているわけではありませんもの」  その言葉にほっと胸を撫で下ろして彼女を見る。許してくれたにしては表情が暗い。 「どうかしましたか?」 「私のせいで強く言われてしまったのかしら、と」 「女中頭にですか? そりゃあそれなりには」 「彼女、怒ると怖いでしょう……。私もよく怒られていたの。こっそり外に出ようとしたりして」  それは怒られるだろう、と口からでかかった言葉を僕はこくりと飲み込む。 「けれど彼女は決して理不尽なことを言っているわけではないのよ。外に出ると私の体では万が一の時も抵抗できないでしょう?」 そうですね、と僕は相槌を打つ。 一四〇センチで痩せぎすの彼女が町の混雑に巻き込まれればすぐに倒れてしまうだろう。まして身に着けるもの一つとっても一流ばかりの令嬢だ。わかるものが見れば、あわよくばと狙われることもあるだろう。 「彼女が怒るのは私のためなの。どうか女中頭を嫌いにならないで」 「安心してください。確かに叱られはしましたが、それで嫌いになったりすることはありません。女中頭がどれだけあなたのことを考えているのかは僕もよくわかっていますから」 「よかった」  彼女は心底安心したのか、やっと表情に明るさが戻る。  僕の胸は軽く締め付けられた。  世間ではなんてことのない話だ。だが、これまでの人生をこの屋敷でしか過ごしていない彼女の世界はひどく狭い。恐らく負の感情を抱くものはことごとく遠ざけられてきたに違いない。それは女中頭の様子からもわかる。その結果、彼女は幼い容姿と、二十歳とは思えぬほど危うい純すぎる心のままだった。
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