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 僕は口を噤み息を詰め、耳に全神経を集中させる。大砲の音も、庭から届く葉の擦れる音も、二重にガラスを張った窓からは届かない。 『西に向かいし葦は沈む。天より訪れし鳥、葦原は燃える。炎より産声あげし赤子はやがて厄災を孕み、ぐるりと柱を左に回る。吾は右より歩いて回る』  囁くような声。声色こそ彼女のものであったが、言葉の一つ一つには背中までを貫くほどの強い力が宿っている。  言い終えると彼女を包む厳かさはさざ波のように引いて行き、再び深い寝息が耳に届く。  張りつめていた緊張の糸を緩めるように僕はほっと息を吐いた。いつもこの瞬間だけは時間が再び動き出すような気持になる。。  ベッドへと近づき、ベールをめくる。クッションにもたれかかって眠る彼女の寝顔は幼子のようにあどけない。そっと額に手を置くと、じんわりと汗と熱を感じた。やはり発熱していた。  背を向けすぐ隣にある待機室の扉をノックする。顔を出したのは女中頭だった。その奥には乳母の姿もあった。 「神託がありました」  それだけで全てを了解した女中頭と乳母は慌ただしく待機室を動き回り彼女へと駆け寄っていく。僕はそっと扉を閉め、受話器を手に取った。
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