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「君にはある少女のところへ、教師として行ってほしい」  人払いを済ませた邸宅の一室で、僕はそう切り出した男性の顔を見た。  知らない顔ではない。僕が一方的に知っているだけだが、彼の顔を新聞で見ない日はなかった。軍人上がりの首相。非常に頭も切れ、現職以前からタカ派として有名だったという話だ。  一体どういうことか、と僕は首相の隣に座る教授の顔を見た。  授業終わりに呼び止められたのが夕方だ。それから車に乗り、連れてこられた邸宅は首相の私邸だとこれも新聞で見たことがあった。待っていたのは当然首相だ。教授との用があるのだろうと思っていたら、晩餐でどうやら僕に用事らしいということがわかった。首相は僕のいちいちを賓客をもてなすように訊ねたし、教授は訳者のように僕について語った。現実とは思えぬ状況に僕はうまい飯の味もろくにわからず、ただ夕飯が浮いたと思うのが精いっぱいだった。 そしてすっかりと夜になり部屋を変えた途端に出たのがこの言葉だ。 「首相、多少なりとも説明しませんと彼にもわかりません」 「うむ、そうだな。すまんな、軍人というのは打てば有無なく返事があるものでね」 「はあ」と僕は間抜けな返事をした。首相の言葉が正しければ僕は軍人には向いていない。 「今回のことは教授に事前に相談していたのだよ。そうすると君が適任だと。なんでも君には一度見聞きしたものを忘れないという特技があるのだろう。ノォトも書かないらしいじゃないか」 「はい。おっしゃる通りです」  僕はどういう原理でそうなのかわからないが、見聞きしたものを忘れないでいることができる。講義の内容や板書に時折挟まれる冗談はもとより、道端に落ちたごみの種類や詳しい場所までを一度だけで覚えれるのだ。
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