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「私も驚いたものです。帝大で長く教授を務めておりますが、誰もが私の話を聞き逃さないようにとする中、ノォトを取り出さない生徒がいるものですから」  改めて考えてみると随分と失礼なことをしてしまったものだ。 「それと、僕が教師をすることとどういった関係が?」 「君に教師を頼みたい少女はただの少女ではない。彼女は、神に見初められた者なのだ」 「……なるほど」  頷いてみたもののやはり要領は得ない。首相は机の上にあった煙草に火を点けた。 「彼女が眠るとき、気まぐれに神は降りられ彼女の体を借り言葉を発する。君にはその神託を一言一句間違うことなく聴き取り、報告してほしい」 「ノォトに取るのではいけないのですか?」 「いけない。これまでは優秀と呼ばれる記者に頼んでいたが、筆記の最中に自身の言葉が混じってしまってね。これからはそういう僅かな違いもいけなくなるのだ」 「どうしてでしょう?」  僕の問いに首相はバッと私を見て何か言おうとしたが、ぐっと飲み込むように煙草を一服する。教授はそれでこそ帝大生だ、というように満足げにうなずく。やはり私は軍人には向いていないのだろう。 「まもなく我が国は大きな戦争を始めることになる。そうなれば彼女の、いや彼女の体を借りた神の言葉が我々には必要となるのだ。勝つために」  戦争を始める、ということに僕は大きな衝撃を受けた。新聞の紙面も仲間内の噂話でも一度もあがってきたことのない話だ。それだけ機密にしている状況を首相が自らの口で話しているのだ。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 断るという選択肢などあってないようなものだ。 「それで、いつからその方のところへ行けばよいでしょうか」 「今からだ」  首相は間髪入れずにそう言った。 「今から……ですか。顔合わせということでしょうか」 「違う。君は今から彼女のところへと赴き、彼女の屋敷付として彼女と共に生活してもらう」 「ええと……」  どうにも首相と僕の相性は悪いらしい。傍で見ていた教授もそう感じたらしく、首相が発しようとする言葉を押しとどめて口を開いた。
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