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思わずさくらはそう言ってしまった。もちろん、剣術はおろか木の枝でチャンバラをしたことすらない。
「じゃあ俺と勝負だ。お前が勝ったら土下座して謝ってやるよ」
意地が勝った。信吉の申し出を断れず、さくらはキクに当たった棒を拾い上げると、信吉にスッと突きつけた。
―――数分後
「けっ、口ほどにもねえな」
さくらは目をうるませて地面に座り込んでいた。顔を上げれば涙を見られる。その屈辱だけは避けたいところだ。
「女のくせに生意気言いやがるからバチが当たったんだよ」信吉は誇らしげにさくらの頭を棒で小突いた。
さくらはさっと涙を袖で拭き、すっくと立ち上がった。そして信吉を思いっきり睨むと、パシンッと横っ面を張り、あっという間に境内から走り去った。
叩かれた信吉を含め、残された全員が唖然としてさくらの去った方を見ていた。
――悔しい、悔しい!
さくらは再び溢れ出る涙をなんとかこらえながら家にたどりつき、門をくぐった。
すぐそばの庭から威勢のいい声が聞こえてくる。さくらは声のする方に向かった。
庭では、一人の少年が竹刀を持って素振りをしていた。
「おう、さくら。帰ってきたんだ。どした?泣いてるのか?」
「源兄ぃ…」
少年の名は井上源三郎。
八王子千人同心という江戸の西の警護を代々行う一家の息子である。
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