12.薬売り

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12.薬売り

 安政四(一八五七)年 冬  さくらはちょっとした使いをするため、町に出ていた。  江戸の町は活気にあふれている。通りのあちこちで商人たちが自分の一押し商品の名を口ぐちに宣伝し、客の気を引こうとしている。  そんな中、少し先にある商家の店先で、やはり大声を張り上げている若者と、さくらは目があった。 「はいはい、そこのおにーちゃん、打ち身、挫きによく効く石田散薬だ。一つどうだい?」  さくらはあたりをきょろきょろと見回した。「おにーちゃん」と呼ばれるような者は周囲にはいなかった。  着替えるのが億劫で、稽古着に羽織をひっかけただけの状態で町に出てきていたので、さくらは遠目に見て男だと勘違いされてしまっていたようだった。 「申し訳ない。あいにく怪我も病気もしていないのです」さくらは近づいていって、会釈した。 「それに、私は女子です。こんな格好では間違われてもムリはありませんが…」  薬売りは目を丸くした。よく見ると、さくらより明らかに年下で、まだ少年、という言葉を使ってもよさそうだった。 「へぇ。なんだってそんな格好を?」     
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