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井上家の養子になってやる!と意気込んでやってきたのも束の間、あっという間に里心がついて、さくらはずっとふさぎこんでいた。食べる時と寝る時以外は、縁側に座ってぼんやりと庭を眺め、いたずらに時間が過ぎていくのみであった。
「おい、さくらぁ。いつまでそんなところでボーっとしてるんだよー」
源三郎は縁側に座るさくらに近づいた。
藤左衛門が用意したおやつにも手をつけず、さくらはぼんやり庭を見ていた。
「ほら、手紙。近藤先生から」
さくらは驚いたように源三郎を見、手にしている手紙を受け取った。
内容は、すぐに迎えに行きますからそれまでよろしくお願いします、というものだった。
「なんでさくらがここにいるって知ってるのかな」
「ま、やっぱバレバレだったんだろうな。こっちの手紙もそろそろ向こうについたかな」
「え、源兄ぃ、試衛館に文を出したの?」
「父上がお前にばれないようにこっそりな。どっちにしても、明日には迎えが来るさ」
「やだ。帰らないもん」
さくらは手紙を源三郎につき返した。源三郎はあきれたようにさくらを見、手紙をじっと眺めた。
「ねえ、源兄ぃ…」さくらがおもむろに言った。
「何だよ」
「市ヶ谷に行ってよ」
「お前まだそんなこと言ってるのか。俺が跡取りなんてな…」源三郎は溜め息混じりに言った。
「それもあるけど、そうじゃなくて。源兄ぃなら信吉に勝てるでしょ。負けっぱなしじゃ悔しいもん。源兄ぃ、さくらの敵を討ってよ」
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