1.産声

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 この男、名を近藤周助(こんどうしゅうすけ)といった。周助は天然理心流(てんねんりしんりゅう)という剣術流派の三代目宗家(そうけ)を務めている。すなわち、流派の繁栄も衰退もこの男の手にかかっているというわけだ。侍の間では「イモ剣流」と呼ばれ相手にされない天然理心流だったが、強盗退治に役立つからと、農民層には人気があった。周助はそんな農民たちに出張稽古を行うことでなんとか生計を立てていた。だが、稽古料はたかが知れていて、近藤家は決して裕福とは言えなかった。  お金がないこともさることながら、目下、同じくらい重大な問題があった。後継ぎ問題である。  周助は元は農民だった。初代の養子であった二代目宗家の没後、誰も跡継ぎがおらず途絶えるかに思えた天然理心流宗家に周助はいわば勝手に名乗りを上げ、風前の灯火であった天然理心流を再興させたのであった。そういうわけで、天然理心流の宗家には代々血の繋がりがなかった。  では、四代目はついに周助の実の息子が…と最初は誰もが考えた。  周助自身も、そろそろ血の繋がった跡目が欲しかった。が、次第にそう考えるのも難しくなっていた。  今、無事女の子を出産した周助の妻・初は周助にとって八人目の妻である。周助は顔こそ美形とは言えないが、愛想の良さや巧みな話術で女性を惹きつけることのできる男だった。そんなこんなで今まで七人の妻を迎えたわけだが、誰一人として周助の子をもうけることはできなかった。八人目の初も、同じだろうと周助は思っていた。跡目ができなくても、初と二人で幸せに暮らせればいい、四代目は養子になるだろうが、きっと才能ある若者を迎えようと心に決めていた。     
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