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目に見えぬ、得体の知れぬ相手に恐怖ばかりが募っていき、次第にナイフを握る手が小刻みに震え出す。手の中は汗で凄いことになっており、今にもナイフを落としてしまいそうだ。
緊迫の瞬間。恐らく、今はそういう時間なのだろう。平和に世を全うしていれば一生感じることの出来ない鋭い空気感。俺はそれに何処となく安心感を覚え、思わず口角が上がってしまう。もしかすると、俺にはこういう環境が合っていたのかもしれない。やはり血は血であら――。
「う……ッ!」
背中に鋭い痛みが走る。それは瞬間的に熱にも変わり、動悸が、呼吸が、視界が乱れていく。
念を押すように差し込まれた鋭利な何かは徐々に俺の身体へと入り込んで行き、視界に星が迸る。と同時に腹から込み上げた――血が地面に生えた藻を侵食していく。
――クソッ……! 注意は怠っていなかった! なのにどうして!
今考えても仕方がない事ばかりが頭の中を駆け巡る。やはり、相手は人間だったのか? インターネットでも噂になっていた――自殺殺しなのか?
「ごはッ!」
言葉を発しようとするが、逆流してくる血液が邪魔で雑音にしかならない。何か、何でもいいから奴に……!
しかし、その願望とは裏腹に先程まで焼ける程熱かった身体は冷凍庫にでも入っているように冷たくなってきている。更に視界もぼやけ始め、思考も定まらなくなってきた。
俺の頭には〝畜生〟という言葉がリピートされ、無意識に奥歯を噛み締める。
すると、俺の身体に入り込んでいた何かの冷たさが消え、それと同じくして身体から力が抜けて行く。
倒れざま、何とか相手の顔だけでも、と最後の力を振り絞り視線を背後へ向ける――が其処にあったのはこの数日で見慣れてしまった深緑の世界のみだった。
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