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ハゲタコ親父が横から画面を覗き込んでくる。
「ん? それはホワイトバランスの設定が間違ってるんじゃないかな?」
ホワイトバランス。
また新しいカメラ用語だ。頭がどうにかなってしまいそうだ。
困惑した私の顔を見て、彼は優しい口調で説明してくれた。
「ホワイトバランスっていうのは、太陽の光や電灯の灯りなど、撮影環境が違っても白いものをちゃんと白く写す機能なんだ。人間の目は優秀だからどんな状況でも白いものは白く見えるけど、光には色温度っていうものがあって、実際には青くなったり赤くなったりしてしまう。デジタルカメラはそれを調節してやらないと、色がおかしくなってしまうんだよ」
「はあ、そうなんですか」
「でも変だな、このカメラ。ホワイトバランスは自動で調整する設定になっているし、それにほら見てごらん」
そう言って、紫陽花の葉っぱを指差した。
「ホワイトバランスがずれていると全体的に色が変わるから、花だけじゃなくて葉の色もおかしくなるはずだ。だけど、この葉っぱはちゃんと緑色に写っている」
彼は画像を見ながら少し眉をひそめて考え込むように手を口にやった。
そんな表情や仕草も、なんだかかっこいい。
「もう一回、見せてれる?」
「あ、はい」
カメラを手渡すと、改めてしげしげとカメ吉を眺めた。
ふと、目つきが鋭くなる。
「このカメラ、どこで買ったのかな?」
「えーと。小町通りにある古いカメラ屋さんです」
「それは変だな…… 小町通りにカメラ屋はないはずだけど」
「でも確かにそこで買ったんです。平日の夜遅くで殆どの店が閉まっていたけど、そこだけは開いていて」
小町通りは鎌倉駅のすぐ脇にある商店街だ。観光客向けの店が多く、夜は早いうちにどこもシャッターを閉じてしまう。
だけどその夜、そのカメラ屋だけがぼんやりと灯りをともしていて、私はなぜか惹きつけられるようにその店に入ってしまったのだ。
彼は、ふうむと言ったきりカメ吉を見つめたまま動かなくなってしまった。
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