第1話 紫陽花の色は変わりゆく

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「ふんだ!」 焼けた美味しそうな肉をほおばるサヤカの、満面の笑顔自撮り画像に向かってひとり虚しく叫ぶと、スマホの電源を切って部屋の片隅に転がっているほこりを被った『カメ吉』を見やった。 『カメ吉』と命名したそれは、こっちに引っ越して来て間もない頃に会社の帰りがけに立ち寄った、鎌倉駅近くの古いカメラ屋で買ったデジタル一眼カメラだ。 ショーウインドの端っこで売れ残りのようにぽつんと置かれていて、『最終特価 3000円』と札が付いていたのを見てその安さに惹かれ、思わず衝動買いしてしまったのだ。 デジタルカメラの機種とかよくわからないが、サヤカの持っている高性能カメラと見た目はそれほど変わらないように見える。 部屋の中で2、3回シャッターを切っただけだが、ちゃんと写ったのは確認済みで、安いけど特に問題はないようだ。 思えば、カメ吉もサヤカへの対抗意識で買ったようなものかもしれない。カメラとか、もともとそれほど興味なかったし。 何気なくカメ吉を手に取ると、ファインダーを覗き込んだ。 部屋の窓から見える、青い空に浮かぶふわふわとした雲が四角いファインダーの中に浮かび上がる。 ふと考えが頭に浮かんだ。 そうだ、私も鎌倉の風景をSNSにアップしよう。 今日はせっかく晴れたんだし。 鎌倉の古風でロマンあふれる風景をみんなに見せてあげるのだ。 私だってこんな素敵な場所でスローライフを送ってますよってアピールをしなきゃね。 実際の生活は全く違うのだが、たまには出かけて写真でも撮れば、気分も変わるかもしれない。 思い立ったら行動が早い私は、急いで支度を始めた。
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