1 この傘を君に

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「あのさ、美穂(みほ)。俺、お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」 「何? 浮気でもしてたとか?」 「……ごめん」 「えっと、それは何に対して? 言ってくれなきゃ、わかんないよ」 「……ごめん。浮気、してました。そんで、浮気相手、妊娠、しちゃいました。責任取らなきゃいけなくて、その……別れて、くれませんか?」  四年間付き合っていた彼氏とデートした後のこと。デートの最後に立ち寄った喫茶店で、さもありきたりなことのように紡がれた言葉は、私を絶望させるのには充分だった。  別れるなら、デートなんてしないでほしい。デートのためにとわざわざお洒落してきた自分がバカみたいに思える。  別れる理由も、私の今までの人生の中でワーストワン。まさか、冗談で言った浮気を本当にしてたなんて。  しかも別れる理由は「浮気相手の妊娠」。申し訳ないけれど「最低」以外に言葉が浮かばなかった。  今日一日ずっと、私の隣で彼氏として振舞ってたんだ。そんな重い理由も別れ話も感じさせない笑顔で、薄っぺらい「大好き」を告げていた。  ラブホテルでの行為は彼氏だからじゃなくて、自分の欲を満たすためだった。他の女の人にも同じように振舞って、同じ人ような行為をしていたんだ。  彼が私に伝え続けてきた「愛」は偽物だったみたい。私には「好き」とか「愛してる」とか言っておいて、裏では好き勝手やって避妊すらしない。  四年間私と付き合っていたけど、三年前から浮気を始めたそうだ。この三年間は、浮気相手と私、両方に嘘をついていたらしい。  別れ話はどうでもいい。それより、私と付き合っていながらも他の女を抱いていた、その事実が気持ち悪い。  いつからかわからないけど、(だま)されてた。そう思ったら彼氏の隣にいることに耐えられなくなって。  気がつけば傘も持たずに喫茶店を飛び出して、雪に濡れた状態で電車に飛び乗っていた。
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