1 この傘を君に

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 傘が二本ある理由を説明した上で、ビニール傘を無理やり私の手に握らせる。  その優しさが、彼氏の別れ話で傷ついた心を癒してくれた。 「でも……」 「ビニール傘だし、気にせず使ってください。代金はいりません。返さなくて大丈夫なので」 「そういうわけにはいかないです」 「じゃあ、僕を助けると思って受け取ってください。傘を二本も持ってると、変な目で見られちゃうんですよ。みんな、持ってる傘は一本なんです」  たしかに、長い傘を二本も持ち歩くなんて、誰かを迎えにいく時以外にない。  傘をさしているのにその手にはビニール傘が握られている。そして、誰を迎えに行くわけでもなく道を歩く。  そんな隼人を想像して、思わず笑ってしまった。 「何がおかしいんですか?」 「いや、ちょっと想像したら……」 「何を想像したんですか!」 「傘を二本持って、変な目で見られているところです」 「変な想像するくらいなら、早くこの傘を受け取ってください。そして、早く帰ってお風呂に入ってください。そのままじゃ風邪を引きますよ?」 「では、ありがたくいただきます。ありがとう」 「気をつけて帰ってくださいね」  隼人がくれたビニール傘は、そこら辺で売っているビニール傘と違って輝いて見えた。
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