嘘を、ただひとつ。

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 青斗が持っていたカッターナイフで己が喉元を躊躇い無く裂く瞬間を、オレはただ黙って見つめていた。吹き出す血液を見つつ、眼前で友人が死ぬ瞬間を目撃した事による衝撃よりも「人体から此れ程の血が噴き出るのか」「人間は此処迄躊躇い無く自身の喉を裂けるのか」といった場違いにも思える感心さえ抱いていた。  別段オレは非情な人間ではない。こうなる事を粗方予想した上でオレは青斗に全てを明かしたのだから、此処で狼狽する様な弱い覚悟で臨んではいない。 「悪いな、花乃。オレはそんなにやさしくねぇんだ」  花乃の家。宮都(みやと)家の内情などよく知っている。花乃が青斗に全てを明かしていれば2人で駆け落ちさえ企んだだろうが、花乃は青斗を巻き込みたくない一心で其の手を離した。全てを知っていれば「死んでも此の手は離さねぇっす」と宣言し、実行しかねない青斗の手を「お前が嫌いだ」其の一言で離させた目的など単純明快。青斗に死んで欲しくない為である。 「別にオレは死後の世界なんて信じてねぇけどさ、幸せにな?」  青斗にか花乃にか。はたまた2人にか。そんな言葉を告げた後、オレは青斗の死体を放置して其の場に去った。  思い出すのはオレにこっそり打ち明けた、花乃の言葉。そして、 「オレが青斗が大好きだった事、誰か1人には知っておいてもらいたくて。悪いな、お前はもう、宮都には関係ねぇのに」 「大丈夫だって。お前がオレの弟なのは世間や親が何て言おうと変わりねぇし。お前の青斗への気持ちも、お前の本音も、オレが秘めておいてやるよ」  花乃が青斗に告げる嘘より前に、オレが花乃に告げた、言葉()の事を。
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