20人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前の事なんて最初から大嫌いだった」
“耳を疑う”とはこうした状況で用いられる言葉なのか。
オレは思考を手放し、真っ白になったと言うに相応しい思考と感情の中、しかし其の反面頭の片隅にて酷く冷静にそうした事を考えていた。けれどそういった、現状では何ら役に立たない事を考えるだけの余裕がありながら、先の言葉は理解出来ない。やはりオレの頭はきちんと働いてはいない様だ。
其れもそうだろう。
急に恋人から別れを切り出されたのだ。否、別れを切り出されたと言って良いのだろうか。小説。映画。漫画。ドラマ。恋愛を主題にした創作物は此の世に溢れ、其処に別れ話が登場する事も珍しくはない。
無論現実と創作物を一緒にする気は無いが、其処での別れ話と言えば「別れよう」「終わりにしよう」から切り出され、「もう疲れた」「他に好きな人が出来た」等々、理由は如何あれかつて存在していた筈の気持ちを既に持ち合わせていない事を告げる物であった。事実現実に於ける別れ話もそうした物が多く、其の別れ話がすんなり通るか拗れるかは兎も角として、別れ話の一般例としては「気持ちが無くなった」と明かされる筈である。
其れがオレの場合は「最初から大嫌いだった」。
気持ちが無くなったのではない。其の気持ち自体が最初から存在しなかったと打ち明けられたのである。情けない話であるが、茫然としてしまう。
今迄の事を思い返した。其処迄言わせて振られる程の失態は犯していない筈。
自惚れでも何でもなく、オレ達は同性愛が白い目で見られ易い此の国に於いてさえ「お似合いカップル」の称号をほしいままにしていた。
重過ぎず、軽過ぎず。そんな心地良い想いの質量と互いを思い遣る気持ちとを重ねてきた筈で。
花乃もオレの前でよく微笑んでくれていたというのに。「青斗といると幸せだ」と口にしてくれたのは、ほんの数日前だった様に思える。
ああ、それとも“こういうトコ”っすかね。
1つの可能性に混乱した頭は酷く遅れて行き着いた。容易に考え付きそうな物だ。花乃にとって現状の出来事を受け入れられず、必死に過去を辿っては花乃の言葉を否定する要素を探す。
こうした執着心が重く感じられ、気味の悪ささえ抱かせたのだと。
「……そうっすか」
結局オレの口から出た言葉は、やけに頼りなく、酷く短い。そんな一言だけだった。
最初のコメントを投稿しよう!