嘘を、ただひとつ。

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 もっと凝った言葉を紡ぐ事も出来るし、何故と詰め寄る事も難しくない。オレ自身自分漸く口にした言葉が其れだけだった事は意外であったし、花乃も同じだった様だ。別れを切り出した際から今迄終始無表情だった花乃の顔に、驚愕という感情が付随する。  しかし其れは一瞬で花乃は小さく首を傾げると、其の可愛らしい仕草に反した此方を見下す様な笑みを湛えて、言葉を紡ぐ。 「其れだけ? もっとオレに恨み言とかあるんじゃねぇの? 情けなく引き留めると思った、とか言ったら自惚れかな?」 「自惚れじゃねぇっすよ。叶うなら花乃に縋って引き留めたい気持ちはある。だけど此れ以上花乃に負担を掛けたくないっす」  別段別れ際くらいは聞き分けの良い男でいたいという打算ではない。最初から花乃の心象が悪かったのならせめて、など、無駄な足掻きに過ぎない事をオレは理解している心算である。少なくともオレは男女問わずそうした人間をあまり好かぬ傾向にあるし、自身が好かぬ人間に己を落とそうとは余程の事がない限り思えない。  言葉の通り花乃に負担を掛けたくないだけだ。  好きでもない人間と“恋人ごっこ”を演じた。花乃が別れを切り出したという事は、我慢の限界が訪れたと考えるのが自然であろう。オレが花乃に告白してから今日迄、花乃へどれだけの心労を掛けたかは想像に難くない。難くないが、当人にとってはオレの想像など絶する程の負担であっただろう事も明らかであり、そうなれば花乃がどれ程の苦痛を抱いて生活していたかなど、苦痛を与えた張本人たるオレが想像して良い域ではないのだ。  故にせめて別れ際くらいは花乃の負担を軽減したかった。  とは言え花乃が己の自尊心としてはオレに泣きついて欲しかったと思っていたところで、オレは同じ事をしていただろうから、花乃の為と言うよりオレの為なのかもしれない。  最後の最後は花乃へ負担を掛けなかったという自己満足に浸りたいが為の、身勝手この上ない醜悪な感情。  花乃に好かれていないのも頷けるというものだ。 「はっ。さいごのさいご迄オヤサシイ彼氏さんだこと」 「そっすかねぇ? オレは自分の身勝手な感情で物を言ってるだけっすよ。じゃあバイバイだね、花乃」  学校が違うオレ等は会おうと思わない限り、簡単には会えない。だからもう顔を合わせる事もないだろう。  だと言うのにオレ達の別れは酷くあっさりしたものだった。
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