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誰しもに平等に訪れる筈の其れを、しかし人間は自衛の如く己からは遠い物だと見做し、其れが自身の間近で起きた時、何らかの感情を抱く。喪失。悲しみ。怒り。或いは其れ等さえ抱かぬ無気力。
オレを襲ったのは混乱であった。何故花乃がという純粋な疑問。次いで浮上するは余程オレの事を嫌っていたのかという後悔に溢れた疑心。そうであればオレが花乃を殺したも道理である。此の場合世間はオレを犯罪者と糾弾し、罰してくれるのだろうか。或いは罰を願う事さえ烏滸がましいだろうか。
混乱の中沈みゆく思考を引き上げたのは友人の声だった。戸惑い、言い淀み、彼は一言オレに訊ねた。「お前知らなかったのか?」と。
其れが何を示すか想像は出来るが正答は分からない。「何がっすか」と返したオレの声は自身でさえ驚愕する程力なく、冷めきっていた。察しの良い友人であれば何か悟るものもあっただろう。散々言い難そうにしながらも、彼は言葉を切り出した。
曰く。
花乃の家は代々“娘”だけが生まれる家柄であったという事。
男である花乃は厄介者扱いを受けており、高校を卒業次第嫁を取って、其の嫁を実の娘、花乃を婿と扱う手筈が整っていた事。
花乃の家は花乃の恋人である青斗という人間の存在も知っており、花乃が別れぬ限り其の男を殺すという話が持ち上がっていた事。
……花乃が別れてもオレの事を殺した方が良いのではないかという話が持ち上がっていた事。
「……オレは親戚付き合いのツテで割と花乃と深い話も出来たんだけどよ。花乃は本当にお前の事が好きだったから。だから……お前と別れて生きながらえるくらいなら、って思いかねないヤツだし、“花乃の存在が露見せぬ様青斗を殺す”なら“初めから花乃を居なかった事にすれば良い”って思うヤツだぜ」
「だから自殺したって言うんすか!? なら、なら、花乃は馬鹿っすよ」
オレは花乃を殺して迄生きながらえたいと思う程、己の生に執着していないというに。縦しんば此れが年齢故の想いだと世間では否定される物であったとしても、花乃の居ない人生など無価値であるというのに。
「……花乃が助けてくれた命でも、こんな簡単に捨てちまえるのに」
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