神様の背中まで

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 その背中だけ、次元が違った。  県大会とあって試合のレベルが高いのは当然、技術もスピードも段違いだ。グラウンドの端に張り巡らされた緑色のネットに鈴なりになって、彼らは食い入るように決勝戦を見つめていた。梅雨が開けたばかりの時期だった。後半も残り十分に差し掛かり、観戦しているだけでも汗まみれになる暑さの中、選手の消耗は比べものにならないだろう。序盤の流れるようなボール運びは見られなくなり、フィールド外へボールが飛び出すことが増えてきた。三対一、点差は二点。逆転はないだろうと、弛緩した空気が流れ始めたそのときだった。  一人の選手がボールを奪った。暑さも疲労も感じさせない身軽な動作で相手チームをかわし、サイドを駆け上がっていく。小柄な体躯だった。味方の応援団が歓声を上げる。彼はその選手から目が話せなくなった。一瞬ちらりと見えた横顔は飛び散る汗できらきらと光り、力強く地面を蹴る足は絶望的な点差など感じさせないエネルギーをほとばしらせていた。相手チームのディフェンダーに取り囲まれてもなお、その選手は止まらなかった。ひらり、ひらりと緩急をつけた動きでボールをキープしたまま、更にもう一人のディフェンダーが寄ってきた瞬間――センターへと鋭いパスを送る。完全にフリーになった味方選手はそれを受け、お手本のように綺麗なフォームでシュートを放った。ゴールネットが揺れる。三対二。誰もが手を叩いて歓声を上げた。  その後、勢いに乗ったチームは試合終了二分前にもう一点を追加し、延長戦へともつれ込んだ。延長戦を動かしたのは、またしても先ほどの小柄な選手だった。今度は味方の選手と細かくパスを繋ぎながら相手チームのディフェンスを崩し、踊りでも踊っているかのような軽やかさで駆け抜ける。警戒したディフェンダーが僅かに重心をずらした瞬間、小柄な選手が笑ったように見えた。するりと緩いスピードで出されたパスに、ディフェンダーは追いつくことが出来ない。味方チームの強烈なシュートで、見事逆転を果たした。強豪校と言われながらここ数年優勝を逃し続けていたチームが、王者へ返り咲いた日だった。  試合終了後、彼は動けなかった。ネットに貼り付いたまま、優勝チームから目を離せずにいた。嬉しそうに微笑む小柄な選手。あの人になりたい。それは強烈な衝動だった。
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