序幕

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「アン尚宮(サングン)! アン尚宮はいるか!」 「はい、殿下。御前に」 「急ぎ、御医(オウィ)を呼んで参れ、今すぐにだ!」 「はっ、はいっ!」  頭上で、慌ただしい会話が交わされる。  それを、どこか遠くに聞きながら、ユクファは激しくせき込んでいた。  押さえた胸元とも、胃の腑ともつかぬ場所から、何かがせり上がる。口から吐き出した熱いモノは、明らかに鉄錆びた臭いがした。  目の前は、すでに薄暗い。  いや、最初から、室内の明かりは落ちていたのか。  頭が、朦朧としている。  このまま、死なせてくれればいいのに。  ユクファは、そう願った。  助かりたくなど、ない。  図らずも、王と床を共にさせられた今、恋い慕う相手と一緒になる未来は消えた。これからも、意に添わぬ相手と――それがたとえ国王であっても、身体を重ねなければならないのなら、死んだほうがマシだ。  そこから逃れる為の自害すら、王への反逆として、残された家族が罰せられると厳しく言い渡されている。他ならぬ、王自身から。  ならば、ちょうどいい機会だ。
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