第一帖 初夏の森

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 燦々と輝く日輪。ジリジリと焦がされつつも照らし出される大地。空は雲一つない淡いブルーの湖だ。まるで南の島を思わせる。  埼玉県某市。まだまだ自然が色濃く残っている場所……。 その場所は自然豊かな森の中にあった。やや急な坂道を上って行くと、大きな赤い鳥居が見える。そこを潜り抜けると、緩やかな石畳の階段が続いていく。しばらく上って行くと更に大きな赤い鳥居がそびえ立つ。鳥居の上には『神渡神社(かみわたりじんじゃ)』と表示されていた。そこを潜ると、日本庭園を思わせる広い境内そして、歴史を感じさせる神社が堂々と控えていた。本堂の後ろは木立に囲まれ、山道を自由に散策出来るようになっている。微かに川が流れる音が、耳に優しい。  その一帯もまた、神社の敷地内になっているようで四季折々の花々や木が植えられている。もう少し歩いて行くと、開かれた場所に行き着く。そこはこじんまりとした畑と、林檎や梨、桃、柿や葡萄などの広々とした果樹園が広がっていた。どうやら私有地のようだ。  果樹園に続く道にあるハナミズキが、急いで満開を迎え、躑躅(つつじ)が大急ぎで咲き始める。同時に、ちらほらと紫陽花の蕾が膨らんできていた。 「そんなに急いで咲かなくてもいいのに……」  紫陽花に話しかける少女の、朗らかな声が響く。象牙色のほっそりとした腕が紫陽花へと伸ばされた。  藍色の地に紅白の梅の花が描かれた着物姿の少女だ。臙脂色(えんじいろ)の地に淡いオレンジ色の菊の花が流れる模様の帯を締めている。山吹色の紐が着物全体を鮮やかに演出していた。鳶色の長い髪を、低めの位置でアップスタイルにし、帯とお揃いの色の大きなリボンで結んでいる。  高くもなく低くもない鼻は、鼻筋は通っていて形は上品だ。しかし、 本人は気に入らないらしい。薄桃色のふっくらした唇はサクランボを思わせる。くっきりした二重瞼の大きな瞳は目尻がやや上がり気味で、きりりとした鳶色の眉とあいまって、快活かつ勝気な少女である印象を与える。瞳の色は生き生きとした栗色だ。まるで水面(みなも)に反射する春の陽射しみたいに、キラキラと輝いている。鳶色の睫毛は豊かで長く、その象牙色の頬に影を落とすほどだ。これも本人に言わせるとクルリとカールをしていないのが不満な様子だ。  彼女の名前は神渡陽月(かみわたりひづき)。ここ神渡神社の一人娘だ。
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