第一帖 初夏の森

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 ノワールと呼ばれたそれは、その名の通りこっくりとした漆黒の艶やかな体毛に覆われていた。ぬばたまの夜とは、このような黒を言うに違いない。しなやかな体、長い手足を持ち、整った顔立ち、優雅な髭の持ち主だ。妖しいほどに澄んだ瞳は、まるでエメラルドのようだ。宝石をそのまま大きな目に嵌め込んだのではないかと思わせる。  二ャーン と再び鳴き声を上げると、ヒラリと喜響の右肩に飛び乗った。優雅な長い尻尾をピョンと上げて。そしてその尻尾は、見事に二股に分かれている。 「うん? 雨が降るの? そっかぁ。どうりで風が湿ってると思ったよ」  喜響はまるでノワールから何かを聞いたようにうんうん、と頷きながら会話をしている。そして後ろからマイペースで歩いてくる陽月に顔を向けると、 「ノワールが言うにはさ、もう少しで雨が来るってさ」  と告げた。 「え? 天気予報だと今日は降水確率10%とかじゃなかった?」  意外そうに天を仰いだ。生い茂る木立の間から降り注ぐ太陽は、限りなく優しい木漏れ日となっている。木々の隙間から覗く蒼天に、雨の兆しは見えない。  二ャーオ、ナァ 「うん、うん。そうか。そう言えばそうだよな。僕も感覚が鈍ってるもんなぁ」  喜響は納得したように頷く。そして再び陽月を振り返った。 「地球がどんどん熱くなって来てるから、生態系が少しずつ狂って来てるんだって。だから、動物も虫も、植物もね、雨とか天気の予測がつきにくくなってるらしいよ」 「そっかぁ。じゃぁ、急いで家に帰った方がいいね、きっと」  と言って陽月は着物の裾をたくしあげると、一気に走り出した。 「お先!」  と言ってあっと言う間に喜響を追い抜いて行く。 「あー! 待ってよー!」  喜響も慌てて走り出し、彼女の後を追った。 ノワールはヒラリと地に飛び降り、サササーッと音もなく陽月の後を追い、あっと言う間に彼女の先頭に立つ。一同はそのまま走り続けた。
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