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トイレ個室からでると、菜々美が目の前に立っていた。
薄暗い女子トイレの中にいるせいなのか、菜々美の顔は淀んで見えた。
「ねえ、本当のところはどうなの?」
菜々美の唐突な質問が何のことを示しているのかわからないような間抜けではなかった。
莉那は顔がこわばりそうになるのを、努めて明るい表情を浮かべて誤魔化した。
「もしかして、旭のこと?」
「そう。旭ってさ、莉那が好きなの?」
現在形の疑問符と薄暗い闇を湛えた菜々美の瞳が怖い。
菜々美とは友達でいたい。だから、すすんで道化師にならなくてはいけなかった。
莉那はわざと大きく肩を竦めてみせる。
「わたしと旭なんて、ありえないよ」
「どうして、そう言えるの?」
「旭にとって、わたしはただの幼なじみだよ。ううん、それどころか口うるさい第二の肝っ玉母ちゃんって思われてるかも。昔からよくお節介焼いて、旭に言われてたの。リナと母ちゃん、二人も口煩いオカンがいてオレはかわいそうだって」
おどけて莉那が言うと、菜々美が小さく吹きだした。
堪え切れないというふうに暫く笑ったあとで、彼女は顔の前で手をあわせて頭を下げた。
「ごめん、莉那!アタシ、旭が好きで好きで、旭のこととなると、自分でもイヤなヤツって思っちゃうくらい嫉妬深くなるの!」
「いいよ。恋するオトメだもん。嫉妬深いくらいがちょうどいいよ」
「ありがとう。イヤな思いさせてごめんね。莉那と旭ってホントに仲良しだから、つい不安になるの」
「お互いに性別を意識してないだけだよ」
「そうだよね。莉那はアタシの親友だもん。アタシのカレシをとるはずないよね」
確認するような言葉だった。
女という生き物は男より随分と鋭い。特に恋愛に関しての嗅覚は警察犬よりも優れているかもしれない。
菜々美は自分の中にこごった旭への淡い恋心に勘付いているのだろうか。
それで不安になっているのだろうか。
大事な親友を傷付けたくない。
莉那は微笑みながら、密かに拳に力をいれた。
「大丈夫だよ。わたしは菜々美と旭のこと、応援してるから」
心の底から二人がいつまでも仲睦まじければいいと願っている。
それは菜々美にも伝わったようで、彼女は安堵の笑みを浮かべた。
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