檸檬の雫

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じめじめした梅雨の気配がやっと遠のいた。 白瀬莉那(しらせりな)は軽い足取りで、通学路を歩く。 頭上からそそぐ光はすっかり夏色で、白く目映い。日射病になりそうなほど強くぎらついた日差しを心地良く感じるのは、夏という季節が好きだからだろう。 なにより、すぐ傍に感じる夏の息遣いに無性に胸が高鳴る。 夏は何かが始まりそうだと、莉那はいつも思う。そして、夏に始まるのはいいことだとも。 自分と同じセーラー服を着た女子たち。 彼女たちもみんな、楽しそうな顔をしているように見える。 嫌なテストが終わって、長い夏休みに思いを馳せているのかもしれない。 きっともう、スケジュール帳にいろんな予定が書きこまれているのだろう。 莉那はまだなんの予定も立てていないけれど、夏休みというだけで今からわくわくしている。 「はよーっす、リナ!」 耳慣れた軽快な走音、真夏の太陽みたいな明るい声。 足を止めて振り返ると、人並みをかいくぐってこちらに走ってくる幼なじみの姿が見えた。 赤茶色の短いツンツンした髪、吊り目のぱっちりとした目。 いかにも元気いっぱいな少年といった風貌の彼の名は穂邑旭(ほむらあさひ)。 「(あさひ) 、おはよう」 昔から変わらない無邪気で明るい笑顔を見ると、莉那はいつも嬉しくなる。 失ってしまった時間をとりもどした、そんな気分になるのだ。 「なあ、先週公開したばっかのアクション映画もう観たか?」 「見てないよ。先週はテスト期間だったでしょ。観に行ってるヒマなんてないよ。旭、まさか観に行ったの?」 「あたりまえだろ、宣伝で見て最高におもしろそうだとおもってたから、そっこーで観に行ったぜ」 屈託なく笑う旭に、莉那は肩を竦める。
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