檸檬の雫

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小学校の頃なんかは、いちいちつっかかって「リナとはただの幼なじみだ!」と怒鳴り返していたのに、今ではすっかり大人びた対応だ。 昔とぜんぜん変わらないと思っていたけど、旭も少しずつ変わってきている。 それを寂しいと思うのは我儘なのかもしれない。 からかわれて離れて、それでもまた近付いて。 昔はそんな光景がよく繰り広げられていたけど、高校一年生になった今では、旭は周りの人から「恋人みたいだ」と指摘さても平気そうな顔で受け流す。 そのことは莉那をほんのちょっとだけ、複雑な気持ちにさせた。 意識する方が変なんだ。わたしと旭は幼なじみで友達なのだから。 莉那はそう自分に言い聞かせて、自らの心にフタをする。 「ちょっとぉ、二人とも仲よすぎ!アタシも入れてよ」 莉那と旭が映画の話題で盛り上がっていると、甘ったれた声が背後から聞こえた。 莉那と旭は同時に振り返る。 「菜々美、おはよう」 「よっ、ナナミ。はよっす」 拗ねたように唇を尖らせている長い黒髪の少女、新堂菜々美(しんどうななみ)は「おはよう」と返事をしながら、するりと旭の腕に自分の腕を絡ませた。 それを見て、莉那は胸が小さく軋むのを感じた。 もしも、父の仕事の都合で日本を離れる前、小学五年生の時の冬に告白していたら、今、旭と腕を組んでいるのは自分だったのだろうか。 ふとそんな風に考える自分に、莉那は嫌悪した。 小学五年生の時、突然決まったドイツへの転校。 家が隣同士で、今までずっと一緒に過ごしてきた旭と離れることになった時、莉那は自分が旭を好きだったことに初めて気付いた。 ドイツへは片道切符で、いつ日本に戻ってくるかはわからなかった。 それどころか、二度と祖国の土を踏まない可能性だってあった。 最後に自分の気持ちを伝えなくては。 莉那はそう焦ったけれど、気持ちは伝えられなかった。
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