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「細谷美春さん。お久しぶり、元気にしてました? ちょっと言いにくいことなんだけど聞いてくれる?」
取った受話器から聞こえた声は、光揮のお母さんだった。光揮どころか、会社の人からですらない事に一瞬の悲しさを感じたけれど、お母さんの真剣な声色に心臓がドクンと跳ねた。
数秒の間。覚悟を決めたような溜息が耳に入った。心臓の音に、頭の中が支配されてしまいそう。
「あのね……。……光揮と、離婚してもらえますか?」
「へ……?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。離婚なんてそう簡単に出来るものじゃないのに、それをわざわざ告げられるなんて。しかも、光揮のお母さんに。
私の声を聞きたくないほど、光揮に嫌われてしまったのかな。離婚したいと思われるようなこと、私何かしてしまったのかな。頭が追い付かない。言葉が出ない。
それを察したように、光揮のお母さんは一変して柔らかい声色になった。
「美春さんが悪いわけじゃないの。……光揮ね、浮気してて。美春さんのような良い子がいるのに、許せないのよ」
「でも、私は、光揮のことが」
「分かってるわ」
止まってしまった頭の中から振り絞った言葉は、あっさりと遮られてしまった。優しいのに、固い意志が感じられる。ねぇ光揮、浮気ってどうして? 問いかけたい相手は今ここにいない。
私達、ずっと仲良く過ごせると思ってた。喧嘩も少なくて、お互いの性格にそこそこ満足していて、一途だし……まさか光揮が浮気するなんて、考えてもなかった。
しかも光揮の声が聞けないまま。嘘を吐かれているまま、離婚を迫られるなんて。
「……離婚届、書いて送ってくれれば良いから……宜しくね」
それは半ば強制のようで、衝撃で涙なんて出なかった。せめて光揮から理由を説明されて、光揮から直接言ってくれていれば、ちょっとは納得したのかもしれないのに。
離婚を一方的に求められて、会えないまま終わるなんて。私、心が苦しくなるほど寂しくて、それでも光揮が頑張ってると思って待っていたのに。その間に光揮は、浮気、してたのかな。
それはあまりにも辛すぎるよ、ねぇ。行き場のないこの悲痛な思いは、どうしたらいいの。どうして光揮から直接言ってくれないの。そんなに私達、仲悪かったかな。私は光揮が大好きだったけど、光揮は他の女性に目移りするくらい私のこと、好きじゃなかったのかな。
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