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プロローグ
その日、墨をこぼしたような真っ黒な暗雲が一面の空をおおい、土は大雨でぬかるんでいた。晴れると見えるはずの南の霊峰も、今は拝むことができない。
戦の焼けあとに、生き残った者はほとんどいなかった。土の中でくすぶった火種が今にも消えていくように、そこに残るほんの小さな生命も、消えゆく運命に従うしかないだろう。
手を伸ばしても届かず、声に出しても誰もいない。例え聞き届けたからとしても、いずれ大地に還るだけの命を、誰が救うというのだろうか。
その女性には使命があった。何としても死ぬ前に成さねばならない使命が。
――たった一度で構いません。どうか、奇跡をお与え下さい。
そう願った時。わずかな瓦礫のすき間から白く輝く何かが目に映った。
天使だ、と彼女は喜び、同時に、悔しさの余り、涙を流した。
――あぁ、お迎えに来るには早すぎます。もう少しだけ、私のわがままをお聞き届け下さいまし。
† † † † † † †
それは、見事なまでに白く輝く体毛を持ち、獅子にも似た体躯の大きな獣と、その背にまたがう一人の騎士だった。
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