0人が本棚に入れています
本棚に追加
エントロピーの神様
「エントロピー増大の法則って知ってる?」
アイスコーヒーにすればよかった。カフェの店内は寒いぐらいの冷房で、うっかりホットコーヒーをテイクアウトしてしまった。ぎらぎらと照り付ける日差しに目を細め、初夏にしては暑すぎる気温にくらりと眩暈をおぼえる。ついに幻聴が聴こえだすとは。
「失礼だな。幻聴ではないよ」
妙になれなれしい口調が聴こえるが、前にも後ろにも人影はない。影は自分のものと電柱だけが伸びていて、猫一匹いない。やっぱり冷たい飲み物にすればよかった。
「キミのスマホから喋ってるんだ」
スマホが手から滑り落ちたところをギリギリで受け止める。最近画面の修理をしたばかりなのに、また壊すところだった。
素早く左右を見渡し人影がないのを確認し画面をのぞき込む。まさか。
「やっとこっちを見た。いつもは無駄に見てるくせにね。」
見覚えのないアイコンが画面を占領していた。丸い輪郭のなかに吊り上がった目がバランス良く配置されている。口は小さく、頬には3本ヒゲが描いてある。顔の左右には長すぎるが耳のようなものがある。猫のようなアイコンがこちらを見ている。まさかウイルスに感染したのだろうか。それにしても、だんだん横柄な口調になってきていやしないか、こいつ。
最初のコメントを投稿しよう!