エントロピーの神様

「話は戻るけど、エントロピー増大の法則は知ってる？」
友人みたいに気安く話しかけられても困るが、仕方なく知らないと答える。
「いつもスマホばっかり見てるのに、そんなことも知らないのか。」
悪かったな。というか、なんで猫のアイコンなんだ。
「人間は猫が好きだと思ったんだけど、キミは犬派だったか。エントロピーとは日本語で乱雑さ、とか訳される物理学の用語だよ。エントロピー増大の法則っていうのは、秩序があるものは、その秩序が崩壊される方向に動いていくということだ。例えば、水の入ったコップにインクを１滴たらすとどうなると思う？」
別に犬派でも猫派でもない。コップ全体に広がるんじゃないか。
「その通り。インクは垂らした位置から広がるけど、逆の現象は起こらない。これがエントロピー増大の法則だ。その法則に反発するのが『生きる』という現象だ。ワタシはそれにとても興味がある。」
額から汗が流れ落ち、目に入りかけた。いい加減に涼しい場所に移動しよう。
「ちょっと、聞いてる？」
わざわざ遠出したのに、変なのに絡まれて台無しになりそうだ。やっぱり疲れてて幻聴が聴こえるのか。それとも夢か。
「繰り返すけど、ワタシは幻聴ではない。困るなら『神様』とでも呼んでくれていいよ」