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「私は別に、好きでも、嫌いでも無かったよ。私はね」
その声も少しだけ笑っていた。
ただ、その笑いはさっきまでの物とは少し違う、どこか昔の、僕の知らない出来事に思いを馳せるような、半ば祈りや懺悔に近いような笑みで。
その表情を伺えないのが、なぜか、少しもどかしくて。
考える間も惜しんでしまった僕は淡々とした口調で
「そうなんだ」
そう、一言だけ吐き捨てた。
そう、一言だけ吐き捨てる事しかできなかった。
「うん。映画はね。好きなんだ。でも、最後にいつも悲しくなる。エンドロール見てる私はなんでも無い脇役ですらなくて、ただの傍観者なんだって言われてる気がして。少し。悲しくなるのよ」
その声色はもう、いつもの何も読み取れないような、誰も立ち入れないような、そんな声で。
彼女がどんな感情をその言葉に込めたのかは、その時の僕にはわからなかった。
波の音と蝉の声だけが満ちているこの場所では、僕らの声はあまりにも小さくて弱かったのだろう。
なぜだか僕は今の表情を悟られたくなくて。
別にこちらを見られているわけでも無いのに、誤魔化すように遠くを見つめて顔を背けた。
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