1章・上

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息がつまるといえば、ここに来るまでのタクシーの中はまるで、僕ら誰一人として、生きていないかのように無音だった。 後ろに流れていく景色を目で追う事しかできないその異空間では、隣に座る姉の頬を静かに伝う涙と、髪がボサボサのまま肩を震わせる母の姿だけが現実で、運転手はどんな心境なのだろうか? そんな事ばかり考えていた。 眼鏡をかけた初老の医者は、目の下にできたクマを隠すように眼鏡上げながら、ここに至るまでの経緯を説明しているが、概ね電話で聞かされた通りで、違いがあるとすれば、ここに着いた時にはすでに死亡していた事ぐらいか。 つまり、父は遺言らしい事一つ言えずにこの世界から去ってしまったのだ。 死という概念をリアルに感じ取れない僕には、子や妻を思い返したであろう父の姿を想像しては、最後の瞬間に何を言うのだろうかイメージしてみるが、何も答えらしい答えは出なかった。
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