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……それから、どれくらいの時間が経ったのでしょう。
いきなり部屋のドアが開いて、ご主人様が現れました。
ご主人様は…出かける前とはまるで別人のようでした。
ご主人様が着ていた彼女の名前入りTシャツも腕に巻いたバンダナも血塗れになっていました。
手にしたサバイバルナイフは、まるで腕ごと血の海に突っ込んだように染まっていて、赤黒く変色していました。
付けっぱなしだったTVからは、彼女が握手会の最中に突然1人のファンからメッタ刺しに刺されて死んだというニュースが緊急速報で流れていました。
そして、犯人がその場から逃走し、今も捕まっていないことも……
ご主人様… …
ご主人様は……不思議と落ち着いていました。
血塗れのナイフをぼんやり眺めると、遠くから近づいてくるパトカーのサイレンに耳を傾け、うつろな眼差しで部屋の中を見回し……私を見つけると寂しそうに微笑みました。
踏みつけられるだけの人生だったな……と、ご主人様は呟きました。
――いいえ違うわ。私、あなたを抱きしめてあげたかったのよ。
利用されるだけの人生だったな……と、ご主人様は呟きました。
――いいえ違うわ。私、あなたにすべてを捧げたかったのよ。
誰も僕を好きになってくれなかったな……と、ご主人様は呟きました。
――いいえ違うわ。私、あなたを愛していたのよ。
ご主人様……
ご主人様……
すると……ご主人様は、おや?という顔つきになって、私の顔を覗き込みました。
どうしたんだろう。私、目の前がぼやけて見える。
何だろう。私の頬に、何か温かいものが流れている。
ご主人様はひざまづくと、何も言わず、私をそっと抱きしめてくれました。
そして、血がついたナイフを私の手に優しく握らせると、その切先を自分の胸に当てて静かに微笑みました……
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