3人が本棚に入れています
本棚に追加
たった数メートル走っただけなのに。心臓の鼓動が早く大きくなるのがわかる。心臓はこんなに血液を送ろうと働いているのに頭にはそれが届かず、貧血を起こしたように視界が白くフェードアウトしていく。
手術には最低限の体力も必要だと言う。こんなんで耐えられるのだろうか。
電車の中は満員ではなかったが、席は空いていなかった。座り込みそうになるのを手すりに掴まって必死にこらえる。
ちょっと休めば大丈夫。大丈夫。
「あんた大丈夫かい?」
大丈夫。大丈夫……ん?
顔を上げると、霞んだ視界の中で、すぐ脇の優先席に座っていたお婆さんがこちらを見下ろしていた。
「あ………えと……………大丈夫…です」
「………うん、大丈夫じゃないね。ほら、ここ座りな」
「え、でも」
「具合悪いんだろ。いいから」
治まれよ、とそう思う程心臓は言うことを聞いてくれなかった。自宅の最寄り駅まではまだ6駅以上ある。
「すみ…ません、ありがとうございます」
俺は手すりに捕まりながら、どうにかシートに座った。胸の辺りを手で押さえながら前傾姿勢でいると、立っているよりはずっと楽だった。
しかし。
「うっわぁ見てよあの人。お婆さんに優先席譲られてるよ」
「マジ?引くわー。あたしらとそう歳変わらなそうなのにね」
「ぜぇはぁしちゃって、運動不足じゃねーの?」
心ない声が斜め前くらいの席から聞こえてきた。女子高生だろうか。
「あぁいうのがいるからダメなんだよねー」
最初のコメントを投稿しよう!