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五章 命の話
“今どこ?”
満作とは基本LINEでやり取りしていた。日本に居ようと世界のどこに居ようと、突然いつも連絡がきて、どんなに時間がかかろうとも自力で私たちに会いに来た。
“父のところ”
私は短く返事をした。メッセージはすぐに既読になり、私の心は少しだけそわそわし始めた。
彼はどこからメッセージを送って来たのだろう。それすらよく分からない。昨日どこでどんな仕事をしたのか、何を食べたのか、誰と会ってどんな気持ちだったのか、聞けば答えてくれるかもしれない数々のことを、私はずっと聞かずに拒んできた。あの日、このお腹に宿った命を産んで育てようと決意した時から、たった独りで決めたところから、彼に対するベタッとした恋心とか、独占欲とか、嫉妬とか、そういう一切を私は捨ててしまった。
彼の子供が産めるなら、それ以外の全てはいらなかった。
住み慣れた故郷さえも。
多分彼でさえも。
この決断が、彼の足枷になることだけは絶対に嫌だった。
私は過去に一度はっきりと、この子を独りで育てようと本気で考えていたことがあった。妊娠に気づいて病院へ行き、三カ月だと医師に言われた時だ。彼は絶頂のアイドルで、まだ二十二歳で、一年の内に休みなんてほんの少ししかなく、スケジュールは半年先、一年先まで埋まっていた。状況がきっとそれを許さない。許さないのならそのままでいいから、私にこの子をください。産みたい、産みたい、産みたい。本能がそう繰り返し体の中で叫んでいた。
彼に妊娠の報告をしたのもLINEだった。
“何度か電話したけど繋がらなかったのでLINEに入れときます。
子供ができました。
ごめんね、いろいろ考えたけど、やっぱり産みたいです。
ひとりで育てます”
深夜のメッセージはなかなか既読にならず、返事が来る前に寝てしまった。
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