四章 鎖と青の洞窟

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 満作の眼は涙で滲んでいた。  その残忍さに私の目からも嘘のようにポロポロと涙が出て止まらなかった。目の前の現象にただただ心が張り裂けそうだった。 「助けて」  そう言って満作は声を上げて叫ぶように泣いた。私の胸に頭をもたげ、これまで何度となく言おうとして言えなかったその言葉を彼はようやく口にした。  その後おばさんは捕まって、満作は施設に入ることになった。  こうちゃんが四歳くらいの頃、カプリ島に一年ほど住んでいたことがある。  住み始めて三カ月たったある日、満作は私たちに会いにやった来た。たった三日間だったけど、こうちゃんは喜び、満作もとても楽しそうだった。  カプリ島では賃貸の一軒家に住んでいた。二階建てでコンパクトな作りだったが、見晴らしのいい庭があってそこにテーブルを出してよくブランチを食べたり、イタリア語の勉強をした。庭からは青の洞窟が見えて、あらゆる国籍の観光客が毎日のように大型フェリーでやってきて、ボートに数人ごと乗り換えて洞窟に入って行った。天候が悪い日や、晴れても波が高い日はボートが洞窟に入れない為閑散としていて静かだった。  こうちゃんはパパと遊んで、遊び疲れてお昼寝中だった。  ちょうど二人で庭にいて、青の洞窟に群がる観光客を眺めていた。 「満作、綺麗な彼女ができたらしいじゃない」  テーブルに紅茶を置いて椅子に腰かけて私は少し笑いながら言った。  海外にいても、日本の情報はインターネットですぐに手に入った。彼の仕事に特に興味があるわけではなかったが、久しぶりのスキャンダルだったので面白くてついつついてみたくなったのだ。 「そんなんじゃないよ」  満作は軽くため息をついた。 「芸能界ってところでは、綺麗な娘には大概誰かいい人がいるものなんだよ。いないってしらばっくれても蓋を開けてみるといるんだ。お金があったり権力があったり賢かったり、彼女たちが欲しいものをちゃんと持っている誰かがいるんだ。それを恋人と呼ぶのか、パトロンと呼ぶのかは知らないけど。もともと綺麗だからそういう人たちを吸い寄せているところもあると思う。もっといい仕事をさせてもらう為に当然のことの様に枕をしている娘もいる。男にもいる。そう言う風にしてでも、のし上がって生き延びてやっていきたい人たちがわんさかいるんだ。気がおかしくなるよ。あの人が浮かぶんだ」
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