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青い入浴剤をひっくり返したみたいな、嘘みたいに青い海をバックに聞く話ではなかったような気もした。
一瞬、彼が風景に溶け込んで、一枚の絵のようだったからだ。
内容そっちのけでそんな風に見とれてしまった。
きっと若いし言い寄って来る人は沢山あるだろうに、それに彼だってよこしまな気持ちは普通にあるだろうに、そして実際にそういうこともあるだろうに、それでも究極のところで彼が私を裏切らないと思えてしまうのは、私が彼の辛い過去を他人より少しだけ多く知っているからだと思う。あの日、その首に巻かれた鎖と南京錠を見てしまったからだ。尿はだだ漏れで、パンツの中に脱糞しているのを警察が来るまでに綺麗に拭いてあげて新しいトランクスとズボンに穿き替えさせた。その時の子犬の様な頼りなげな彼を知っている。
だから彼は私の前では絶対に飾らないし、ついていい嘘しかつかない。
俯瞰でものを言えるなら、彼のそういうところが不自由そうで少しだけ不憫だ。
でも私もこの変なカップルの片割れなので、当事者なので、それはまだ彼には言わない。
「あの日」
満作が鋭い目で言った。
「本当は、僕が彼女を殺そうとしたんだ」
平和なカプリ島の日差しと柔らかな潮風を突き抜けて、その言葉は刺すように私の胸に届いた。彼の白いシャツが眩しかった。その姿が青い空に吸い込まれてしまいそうで果敢なげだった。私は彼が大好きだった。きっとおばさんも、そうだったに違いない。だから、自分を殺そうとした息子をどうしても殺すことができなかった。そして彼の殺意を他言せずに罪を被った。今も狂ったふりしてどこかでひっそりと暮らしている哀しきモンスター。
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