五章 命の話

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 翌日の朝、彼の返事より先に、彼の事務所の梶原さんという女性マネージャーが高級車に乗ってやって来て、分厚い茶封筒を私に差し出した。それは居間のちゃぶ台に置いた客用の湯呑の横で、物凄い存在感を醸し出していた。ただ目を丸くする私に、梶原さんははきはきとした口調で語り始めた。 「私は否定も肯定もしません。言える立場にないことはわきまえているつもりです。私もシングルマザーで、田舎の両親に面倒を見てもらっている子供がおります。だから、あなたの衝動や感情は分かります。ただね、それなら尚更、お金は大事です。お金がなかったら信念を貫くのはとても難しい。満作は芸能の仕事を辞めるとまで言い出しています。それだけは私どもどうしても困りますの。なので、お取引をさせて下さい」 「取引?」  グレーのスーツを着ていて、いかにも仕事のできそうなこじゃれた黒縁の眼鏡をかけていた。歳は四十過ぎくらいだろうか。少し太い声ではきはきとものを言う人だった。 「このお金は差し上げます。私たちの条件を呑んでいただけるのでしたら、更に毎月この金額を送金させて頂きます」 「この件、満作は知っているんですか?」 「私がここへ来ることは存じております」 「そうですか。お断りします」  まだ私も青かった。私はそういう事務的なやり取りにいちいち傷ついて、ムカついて、悲しい気持ちになっていた。私は大学を卒業して地元の町役場で事務の仕事をしていた。公務員だし、持ち家や畑を祖父から相続していたし、子供一人くらい、細々と暮らす分にはどうにかなると思っていた。 「本当に独りで育てていけるとお思いですか?誰にも頼らずに。自信がおありですか?」  梶原さんは見据えたように言った。
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