六章 お葬式の夜

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六章 お葬式の夜

 私が大学二年の冬に祖父が他界した。  すい臓癌を患いあっという間だった。剣道で鍛えた体格のいい祖父は癌が見つかってからどんどんやせ細り、最後は別人のような容姿になって逝ってしまった。祖父が病院のベッドで静かに息を引き取った時、哀しかったし辛かったが、どうしてもうまく泣けなかった。告別式では喪主として気を張っていたところもあったのだろう。こぢんまりとした式だったけれど、会場の葬祭場にあらゆる年代の元教え子たちが次々とやって来て、私の代わりに泣いてくれているような気がした。祖父をきちんと送り出すことに躍起になっていて、心は意外と上の空だった。  その晩家に帰って一人になってみて、手元には遺骨だけが残って、あの知っている祖父がいなくなっていて、何とも言えない不思議な感覚だった。  大切な人が死んだのにただただ放心状態なんて、人間の心には何て凄い防衛本能が備わっているのだろう。体の中で色んな情報が駆け巡り、錯綜した結果、私の心は吹き上がるあらゆる感情に蓋をした。  祖父が亡くなって、お通夜から告別式、火葬まで次々と色んな知らない人に会って、手続きをしたり、アドバイスをもらったり、決断を迫られたりした。世の中にはいろんな仕事があり、絶妙な仕組みで他人が他人を助け合いながら、こんな風に回っているんだなと知った。  ホッとしたらお腹が空いてきて、私は一人でお茶漬けを食べた。温かい食べ物が胃袋を満たして、心まで温もった気がした。もう無理して笑う必要も、誰に気を使う必要もなかった。  お風呂に入り、深夜のバラエティー番組を見ながら炬燵でぼうっとしていたらインターホンがなって、パジャマのまま玄関のドアを開けると喪服姿の満作が立っていた。  私が満作と会うのは彼が上京して初めてだった。彼は売れっ子の芸能人になっていて、休みもないくらいに忙しいらしく、今日の葬儀にも顔を出してはいなかった。祖父が手術の為に一時入院していた時、一度お見舞いに来たらしいのだが私はその時いなくて後で祖父に聞いた。 「よおっ」  小さな声で満作は言った。 「よっ」  私も短く言った。   もう何年も会ってなかったのに、彼の独特な訪問時の挨拶は相変わらずで笑ってしまった。彼はまるで実家に帰って来たかの様に慣れた足どりで仏間まで行き、仏壇にお線香をあげて祖父に手を合わせてくれた。
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