六章 お葬式の夜

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「ご愁傷さまです」  正座のまま私の方に向き直して、満作が言った。私はパジャマ姿で突っ立ったままだった。 「そういうこと言うんだね」  ちょっと吹き出してしまった。二人ともまだ若かった。 「言うよ」 「そっか」 「大丈夫?」  見上げた目は、たった独りこの家に残されてしまった私を捉えていた。  私は少し心を整理して、 「とにかく疲れたよ。寂しいなと思うのはまだもうちょっと先な気がする」  と率直に答えた。  彼が慮ってくれていることが静かに伝わってきて嬉しかった。今は東京にいて、本名とは違う名を名乗って芸能人なんてやっているけど、大勢の前で歌を歌ったり、テレビドラマや映画に出たり、雑誌で表紙を飾ったりしているけど、私の中の満作はあの時の控え目な少年のままだ。二人で太宰治の作品でどれが好きか言い合ったり、満作が「大地の子」を泣きながら読んでいるのが面白くてからかったり、色々な物語のキャスティングを考えたり意見を言ったり、オセロや将棋をして勝ったり負けたり、私も満作も一人っ子だったから年の近い兄弟ができたみたいでとても楽しかったし、大事な思い出が沢山ここにはあった。多分祖父にとってもそうだったのだと思う。 「僕が死んで化けて出るなら、場所はここがいいな。ここならずっと成仏もせずに魂のまま漂っていてもいいな。百々が生活しているのをもどかしい気持ちで、直ぐ傍で、見ていたいと思う。先生もきっとそうなんじゃないかな」 「慰めてくれているの?」 「そういうのでもない」 「相変わらず暗いわ」  そんな会話をして私は炬燵の上に置いてあった煎餅をボリボリ食べていた。深夜テレビを何となく見ながら私は温かいお茶を啜った。満作は炬燵の向こう側で黒いネクタイをゆるめて仰向けになって天井を見上げていた。 「どちらかと言うと」  そう小さく言ったかと思うと突然、満作の言葉がぷつりと終わってしまった。  なんだろうと思ってテレビから目を逸らし満作の顔を覗き込むと、何を言いかけていたのか口を少し開けたまま爆睡していた。疲れているんだろうと、これまた疲れた頭で思っていた。私は押し入れから毛布と掛布団を持って来て寝ている満作に掛けてあげた。そう言えば寝顔を見るのも凄く凄く久し振りだった。昔はたまに家の仏間に泊まっていた。遠い親戚の子供の様に。
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