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「ありがとう。あの時の約束を憶えていてくれたんだね」
私はその寝顔を見ながらそうっと言った。
次の日の朝、起きて二階の自分の部屋から一階に下りて居間を覗いたら満作は既にいなかった。掛布団を綺麗にたたんで昔の様にきちんと押し入れに戻していた。
何気なくテレビをつけたら、朝の情報番組が終わっていて、満作が主演しているドラマの再放送をしていた。数年前の学園ドラマのようでちょっとだけ若かった。満作は優等生でスポーツも万能で性格も良くて都会的でお金持ちでヒロインの女の子だけを一途に愛する王子様のような役をやっていた。私はそれをリアルタイムで見たことがなく、軽めの朝ご飯を食べながら初めて見ていた。
偶像とは、誰かによって作られた入れ物のようなものだと思う。そして「彼」という入れ物じゃなきゃ嫌な人が世の中には沢山いるということなのだろう。その人たちはその入れ物に自分好みの中身を足してゆく。とても不思議な話だが、これは寓話ではない。ホラーでもない。SFでもない。
ビジネスであり、ショーであり、生身の人間の、現実の話だ。
その仕事と引き換えに、元々その入れ物に大切に入れていた中身は度々どこへ行くのだろうと思ってしまう。本当の彼はそっちのほうなのに。
私は昔、満作がこの炬燵で背中を丸めながらせっせとカンニングペーパーを作るのを手伝ってあげていたことを思い出した。真面目に覚えれば?なんて鼻で笑いながら。
他にもあった。
剣道は好きだけど、球技が全然下手くそで、キャッチボールは私の方がうまかったこと。
人の悪口は言わなかったけど、こっそりと変なあだ名を付けて呼んでいたこと。
うちで祖父の作った梅干と漬物をいつもポリポリ食べていた後ろ姿。
満作が畑仕事を手伝う時に決まって被る死んだおばあちゃんの麦わら帽子。
それを見て祖父の顔がどことなく綻ぶこと。本当はその為に被っていたこと。
真冬のある日、祖父が私にちゃんちゃんこを買って来て、私は着るのを渋っていたのに、一緒に満作の分も買って来ていて、満作はおいおい泣いて喜んで着ていたこと。
本当はそんな男の子だった。
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