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七章 約束
私は一度だけ母の住んでいる施設に行ったことがある。
それは小学校最後の夏休みだった。自分一人で自転車を漕いで七十キロも離れた場所に行くのはその日が生まれて初めてだった。祖父には友達のウチに遊びに行くと嘘を言って、水筒に麦茶を入れて、手紙と少しのお金を持って朝早く出かけた。
前日、ポストに母から私宛の手紙が入っていた。封筒の裏には彼女の現住所が書いてあった。
台湾から戻って来て直ぐに母は私を祖父に預け、たった一人でどこかへ行った。私は祖父に母のことを聞いたりしなかった。祖父が困ると思ったからだ。手紙には、その理由が書かれてあった。
内容よりも現実よりも、私はその筆跡がただただ懐かしく指で辿った。約二年ぶりだった。泣けるほどに母の字だった。直ぐに母の温もりに触れたいと思った。それは衝動で、言葉ではうまく言い表せられない。吸い寄せられるように私は朝からペダルを漕いでいた。
親愛なる百々へ
いろいろ考えたけど、最後に一度だけ手紙を書きます。
離婚して日本に戻って来ただけでも辛いのに、そんなあなたをおじいちゃんに預けなければならなくなったこと、母として本当に申し訳なく思っています。ごめんなさいね。この感情をそのまま言葉にしてみたいけど、私がバカなのかしら、どれも薄っぺらな言葉にしか思えなくてね。あなたを思い浮かべる時、私は罪悪感と幸福感が入り混じってごちゃごちゃになります。
とにかく愛していると伝えておきます。私の所に生まれ落ちてくれてありがとう。
パパとは色々あったけど、今でも思い出したくないこと沢山あるけど、あなたに出会えたこと、あなたをこれまで一緒に育てることができたこと、あなたが息をして恋をしたり挫折したり未来に想い馳せること、その全てがパパと私から始まっているのだと思ったら、やっぱりあの結婚にはとても意味があったのだと思います。
それに、本当にあなたの父親はとてもいい人でした。
あなたが大人になるまでの養育費も全てパパがみてくれることになっています。当然のことだけどね。言っておくけど、お勉強ってとても贅沢な事なのよ。それが当たり前にできることに、その機会を与えてもらえていることに、感謝の気持ちを忘れないで下さい。時々パパに連絡してあげてね。本当は彼にこそ、誰かの支えが必要だったんじゃないかと今はそう思えるの。
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