七章 約束

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 ストレスとは、私の場合、知らないままでいることだった。現実的な私は、目で見て、或いは手で触って納得さえできれば、簡単ではないけれど何となく諦める方向に気持ちを持っていける分別のある子供だった。分かりやすいと言えば分かりやすいが、そういう境遇で、家庭環境で、そういう父と母の元で育った。鼻水がぐちょぐちょになるまで泣いてわがままを言ったこともないし、欲しいおもちゃがあっても言えなかったり、もうとっくにサンタクロースがいないことを知っていても信じているふりをしていたり。冷めた子供だった。 「会いに来たんじゃなかったのか?」  私の背中に浴びせるように満作が言った。  私はもう自転車を漕ぎ始めていた。  帰る途中、路肩にある小さな商店でメロンパンとコーヒー牛乳を買って、川沿いの原っぱで少し休んだ。満作はカレーパンと牛乳だった。とうに正午は過ぎていて、遅すぎるお昼ご飯を二人とも貪る様に必死で食べた。目の前には川が流れていて、ぎらぎらとした強い日差しが当たって光って見えた。  満作はずっと何も言わなかった。ただただ弟の様にぴとっとつきまとっていた。 「信用してもいい人って、どういうことなんだろうね」  私は呟いていた。母の手紙に、祖父のことをそう書いてあったのが引っかかっていた。 「お母さんみたいに急に人が変わって、人を叩いたり罵ったりしないってことなのかな。後で後悔して謝ってきたり気持ち悪いくらい猫撫で声で話しかけてきたり、しないってことなのかな。お父さんみたいに外で家族以外の誰かと家族みたいに暮らしていたり、傍にいてほしい時に傍にいなかったり、しないってことなのかな。あれって、異常なことだったのかな。それでも私にとってはかけがえのないお母さんとお父さんだったんだけど、信用しちゃ、ついて行っちゃ、ダメな人たちだったのかな。ダメダメだったかもしれないけど、私がそれでもよかったんなら、そう言い続けてさえいたなら、三人でいられたのかな」  満作は飲み終えた紙パックの牛乳のストローだけを取り出して、タバコみたいにふかして見せたり、ストローの穴から空を覗いて見たりしていた。
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