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八章 一度忘れた。
祖父の四十九日も済んだ頃、私の心も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
ある夜、祖父の部屋を片付けていたら戸棚の奥から線香花火が出てきた。いつのものかもよく分からないホコリまみれのそれに私は妙にテンションが上がり、キッチンからチャッカマンを取って来て、縁側を開け放ち試しに一本火をつけてみた。
風一つない真っ暗闇に、じゅぽっと小さい音がして勢いよく火が点いた。小さな花が静かに可愛く咲き乱れ、直ぐに散っていった。最後の火種の一滴が落ちて、暗闇の中にただ私だけが残った。
とても孤独な筈なのに、その瞬間、この暗闇の中でなら平気だと思えた。
目が慣れてきて、少し見上げると、庭に一本立っている桜の蕾が膨らみだしていた。
そこに突然、目の前の真っ暗な山道が明るく照らされ、見慣れた車がやって来て停まった。
満作だった。
車を降りてきた満作は暗闇の縁側で私がぬぼーっと座っていることを気味悪がったが、線香花火の話をしたら面白がって、一緒に花火をやった。
微かな灯り越しに見える顔は、彫刻の様に綺麗だった。私の知っているあどけない顔ではなくなっていたが、確かに満作で、元気そうで、幸せそうだった。それが古くから彼を知る者として何より嬉しかった。
相変わらずちょくちょく変な時間にやって来る満作に、その夜私は遂にきちんと告げた。
「もう一人でも大丈夫だから。約束、守ってくれてありがとう」
今なら私の言いたいことが数ミリもズレずにきちんと伝わるような気がした。だから言った。残りの一本に私は火を点けた。しんとした世界に、じゅぽっと小さい音がして、勢いよく火が点いて、やがて小さい花が静かに可愛くあっけなく散っていった。
最後の最後の一滴を二人で見つめていた。
その一滴が静かに終わって、また闇が夜を支配した。空気はまるで海底に沈んでしまったように張りつめていて、静かで、濃密だった。
「そんな約束忘れていた。一度、完全にすっかり忘れていたんだ」
言い訳みたいにそう言ったのがなんだかおかしくて、
「でも思い出してくれた。ありがとう。実は私も忘れてたし」
と私は笑った。
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