九章 生まれ落ちた日

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「おはよう」  小声で満作は言った。 「今何時?」  びっくりして起きたのでまだ心臓がドキドキしていた。 「まだ午前十時。一晩中寝てないんでしょ、寝てていいよ」  私はお言葉に甘えてまた横になった。  でももう全然眠れなかった。 「もう眠れない」 「じゃ、そっちに行ってもいい?」 「どうぞ」  満作がこうちゃんを抱っこしたまま私の枕元までそっとやって来て座った。こうちゃんは満作の腕の中ですやすやと寝ていた。 「さっき、寝ながら笑ってたんだ」  近くでよく見ると満作は涙目だった。  それは私が初めて見る満作の表情で、これまでのどれよりも幸福そうで胸が一杯になった。 「名前は耕作。耕すに、作る」  私は言った。 「うん、ありがとう」  満作は満面の笑みで私の目を見て丁寧にそう言った。何の含みもない、純粋な言葉だった。  私はいろんな感情を包み込んで、そして、 「ありがとう」  と言った。そう言う寸前まで、本当は何となく「ごめんね」と言おうとしていた。でも思い留まって、口に出す前に言葉をすり替えて、泣きたいのを堪えて笑った。私達はこれから、太々しく、図々しく、一つの秘密を携えて生きていくのだ。  これでいいんだ。そう思った。  満作は黙ってこうちゃんを静かに大事そうに抱いていた。  いつまでもその光景を見ていたいと思った。神神しくて眩しかった。幸せだった。  障子から差し込む秋の日差しが親子三人を優しく照らしていた。不安よりも何よりもその小さな生命の為に生きてゆこうと思った。他には何もいらなかった。  新しい命が生まれ落ちた日、私は母になって、満作は父になった。
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