十章 月明かりのフラダンス

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 その言葉の曖昧さを、勘のいい彼女は瞬時に嗅ぎ取って、持ち前の明るさでカラリと受け止めてくれた。 「そうか、そのうちいろいろ聞くとしようか。私もいろいろ報告あるし。時間あるなら急がなくてもいいし、時差ボケもあるだろうから少し休んでね。育児も頑張らなきゃいけないしね。何か困ったことがあったらすぐに言って。病院とか、大きな買い物とか。寂しい、とかでも。百々のご要望とあれば私は直ぐに駆けつけるから。いつでも」  どうしてだか彼女はそういう王子様みたいなことをいつもさらりと言った。  普通の人だったら恥ずかしくなるような言葉でも、人並み外れた美しい容姿のせいなのか、海外生活が長いせいなのか、彼女にはしっくり馴染んでいていつしか何の違和感も持たなくなっていた。  今思うと、台湾に住んでいる時は特に、彼女のそんな宝塚みたいな言葉の数々に私は支えられていた。父が新しい彼女を作る度に、母がそれを知って悲しんだり苦悩したりイライラしたりする度に、家族がバラバラで不安な気持ちになる度に、彼女のキザすぎる台詞のような言葉の数々は、私の心に灯るマッチ棒の様にいつもゆらゆら揺れていた。香子は私のヒーローだった。  久し振りの海外生活だった。初めてのハワイだったけれど、生活はすぐ落ち着いた。日用品や赤ちゃんグッズもすぐに手に入る環境だったし、日本語が通じる病院も近くにあった。香子も居るし心強かった。ビーチも近いし、南国特有の解放感があって、バカンスに来ている日本人に紛れて買い物するのも楽しかった。ガイドブックに載っていた有名なパンケーキ屋へ行ったり、ビーチを散歩したり、あまり遠出しなくてもワイキキではあらゆるものが揃って便利だった。  移住して一週間後、香子を初めて家に招待して一緒に夜ご飯を食べた。  香子は私とこうちゃんの二人暮らしには贅沢すぎる3LDKのコンドミニアムを舐めるように見て回り、リビングの窓から見渡せるワイキキビーチが夕日に染まるのを眺めながらうっとりしていた。 「やっぱり素敵。ワイキキは王道ね。今自分がハワイにいるんだなって気になる。私の家はカハラの方なんだけど、時々ハワイにいることを忘れてしまう瞬間があってね。ここは誰がどう見てもハワイだわ」 「そういうもんかね」 「百々、ママになったんだね」 「そうだよ」 「会いたかった」  そう言って外人みたいに大袈裟なくらいのハグをしてくれた。
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