三章 閃光

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 満作はそんな風に我が家にやって来て、特に何を主張するでもなく、居心地悪そうにするでもなく、彼なりの気の使い方で不思議な感じに入り浸っていた。  満作と私は同じ小学校で、学年は私の方が一つ上だった。  満作は母親と二人暮らしで、家はボロボロのあばら小屋だった。今ならネグレクトと呼ばれる類の酷い母親で、いつもお酒の匂いがして、時折ふらりと満作を置いてどこかへ消えた。噂では若い頃、三重県の売春島という島で働いていたことがあるらしい。若い頃はとても綺麗な人だったと聞いたことがある。ある、というのは私が実際に知っているその人は、そう形容できないくらいいつもやつれていて、同じよれよれの服を着て、白髪で、ガリガリで、偏屈で有名な変なおばさんだったからだ。  でも、たった一つ。  たった一つだけ、嫌がるかもしれないけど、満作が彼女にとても似ているところがある。  それは目だ。  切れ長の細い二重瞼。繊細さや鋭さを含んだ涼しい眼光。薄茶色の瞳の奥に一度吸い込まれたら二度と這い出て来られないような、でも入ってみたいような、不思議な純度の小さな宇宙。  彼が芸能界デビューして割と直ぐに売れ始めたのも、あの目が一風変わっていて、見ている人にとても印象的に映ったからだと思う。純粋でも汚れていても、その両方でもいいと思えるような、陰と陽のどちらともを許容してしまうようなミステリアスなきわきわの閃光。  アイドルとしての顔をしている時の満作はその光を少しだけセーブしていて、そのバランスがとても世間に受けているのだろうと思う。それが絶妙でうまいなぁと私はいつも思う。アイドルの時の彼は、本当に誰かの王子様の様なキラキラで、いつも明るく笑っている。  普段の彼はというと、繊細で過敏で屈折しているところはあるけれど、基本的には喜怒哀楽もあまり顔に出さずにのぺーっとした顔をして、さほど個性的でもなく、気の利いたことも大して言わないし、当たり前のことなのだけど生身のどこにでもいる年頃の青年だ。おならもするし、ゲップも出る。酒にも酔うし、不細工にあくびもする。  満作が中学二年生の時、突然学校帰りに芸能事務所の人にスカウトされて、あれよあれよという間に上京することが決まった夜、祖父は言った。 「満作、お前一番になれ」  祖父がその時強く満作を見据えていたのを覚えている。
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