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目から鱗が落ちる
「人魚というと皆さんはどのような姿を思い浮かべるでしょうか。恐らくは上半身は女性の姿で、下半身は魚。尾びれは大きめでしょう。
長髪で碧眼、欧米風の顔立ちを想像する方が多いかもしれません。マナティがモデルとも言われておりますが、伝説上の存在にすぎません」
老教授はそこで間を入れると、聴衆の視線を集めた。
「しかし私は長年の研究により人魚を現実のものとしました。様々な技術を駆使し、人魚を産み出したのです。
ゲノム編集を始めるとする遺伝子改変技術全般、多能性幹細胞を始めとする再生医療技術。
人間を対象とした技術だけではなく、魚類を対象としたそれも必要でした。人類に適合性のある魚は何か。
倫理審査委員会を通すのも一苦労でした。面倒な書類を何十枚、何百枚と提出しそして却下されました。
最初の構想からおよそ三十年。ついに人魚を創り出すことに成功したのです。
しかし、期待しないで下さい。外見は皆さんの想像とは全く異なります」
助手が大きな布を被せたストレッチャーを会場に運んできた。
老教授は大きく咳払いし大げさに宣言した。
「お待たせしました。こちらが人魚です」
助手が布を取り払うと、そこには得体のしれない生物が横たわっていた。
老教授が言ったように、とても人魚には見えない。
全身が青い鱗で覆われた人型の生物といえばいいだろうか。所々にエラのような切り込みがあり、内部の肉が覗いている。
服は何も身につけていないが、性器や胸の膨らみもない。顔立ちは男性にも女性にも見える。頭髪はなく、頭部も一面鱗で覆われていた。
聴衆が息を飲むのが手に取るようにわかる。
「ディックと名付けました。男性ではありませんが、魚類の範疇でいえば雄です」
老教授がディックの肩を軽く叩く。上半身が起き上がり、閉じていた瞼が見開かれた。
驚いたことに聴衆を見渡すその眼球も鱗で覆われていた。本当に見えているのか訝しい。
ストレッチャーから立ち上がろうとするディックの目から何かがこぼれ落ちた。
「眼球の細胞は不安定でしてね。鱗がよく落ちるんですよ。落ちたものはもう必要ありませんから、誰か記念にいかかですか?」
老教授は莞爾として拾った鱗を聴衆に向かって差し出した。
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